「・・・だって」
どのくらい黙り込んだんだろう。
自分で出した声が、自分のものではない気がした。
ぼんやりと、水のなかで音を聞いているみたいだ。
「“だって”?」
「・・・いえ、別に。」
一瞬、何でもいいから声を出そうと思った。
その結果、まさか反復されるとは思わなかったんだけど。
何なんだ、この教師。
余計、つぎの言葉を言いにくくなったじゃないか。
「日が・・暮れてきたしな。」
「じゃあ、もう帰っていいですか?」
そう言うと、教師は僕を睨むように見てきた。
どきり、と胸が鳴る。
しまった、また怒らせたか。
まだまだ帰らせてはもらえないのだろうか。
「誰がこのまま帰らせるか」
空気がピシリと音を響かせる。
夕日も随分暮れてしまって、教室のなかは薄暗い。
石膏のギリシャ風彫刻から真っ黒い影が伸びて、
教室は、ますます可笑しいものになってきた。
昼間には絶対、目にすることのない景色のなかに
この教師と僕の ふたり。
「お前は質問に答えてないな。」
教師はまた煙草に火をつけた。
この男は美術教師だ。
なのに、体育教師みたいな脅迫めいた尋問をする。
問題だろ、こんな時間まで生徒を残して説教なんて。
「だから、わざとじゃないんです。」
「それは信じない。」
「・・信じて、くれないんですか。」
「お前の本心を訊いてるんだよ、村越。」
薄暗がりのなかで、教師の目がぎらりと光る。
こわい。
殺気だっている、と思うのは気のせいなんかじゃない気がする。
もちろん、この男が僕を殺そうとする筈がないから、結局はつまらないのだが。
「本心?何のことか僕には・・」
「こんな時間だ。私たち以外、誰も来やしない。」
「・・・・なにを、言わせたいんですか?」
「だから、本心だよ。」
“誰も聞いちゃいないんだから、気にせずに答えろ”
と、この教師は言う。
教師と生徒ということを、いまこの教室では忘れろ、と。
無理に決まっているだろ。
この男、一体僕から何を聞き出せば気が済むっていうんだ。
本心て?
スケッチブックを、何故燃やしたか?
そんなの
この男に言えるわけがないのに。
「また黙り込むんだな。」
「だって、先生が何を言っているのかよく解らない」
「スケッチブックのことだよ」
「そんなの分かってる、」
本当は、この男が何を訊きだしたいのか予想はつく。
でも、
その予想が当たってしまうなんて
そんなこと考えたくもないんだ。
「・・・どうして」
その思考とは反比例して、僕も知りたいと思ってしまう。
それを知ってどうすればいいのか。
勘違いだとしても、この教師にどんな顔をされるのか。
わかっているのに。
「どうして、先生は描いたんですか。・・・彼を」
僕はわかっている。
きっと理想的な質問だとか、そんなことを演技するくらい出来たはずだ。
だけど、抑えられない衝動は確かに存在していて。
だから あの時も、気が付いたら燃やしていたんだ。
彼が描かれた、先生のスケッチブック。
美術室 2