別に、彼とは友達というほど近い存在ではない。
席が近い授業なんてなかったし、僕がいつも居る仲間に彼は含まれてはいない。
何故、彼を知っているのかと訊かれれば。
気が付いてしまったから。
彼が僕のほうを向いていようといまいと関係ない。
ただ彼が居る。
それだけで、見える世界があるのだ。
きっと本人は気が付いてはいないだろう。
いや、それに気が付いてしまったなら、
僕が見ている世界は消えてしまうだろうから。
そう思う僕は、あえて彼と関わりあうようなことは望まない。
少しなら、話してみたいと思うけど。
いつも彼は窓際の自分の席に座って、本を読んでいる。
静かに、ただ座って昼休みを過ごす彼。
教室のなかの空気よりも自然な存在。
僕はそんな彼の横顔をこっそり眺める。
そうすれば、彼から広がる世界が見えてくるのだ。
それでも僕は、何度か彼と言葉を交わしたことがある。
委員会の事務的なくだらない会話。
それでも彼の世界は其処にあった。
彼の目が僕を見ていても、きっと彼には僕が見えていないのだろう。
彼の視線の先は、いつだって定まる場所ではないのだから。
そんな彼を見るのが、僕は好きだった。
そうして彼自身が気が付いていないように
誰も彼の世界に気が付いてはいけない。
あの世界を崩壊させることになるかもしれないじゃないか。
一気に崩れ落ちて、もとに戻らなかったら?
そんな怖いことを、考えたくもないよ。
そう 思っていた。
「どうして、先生は描いたんですか。・・・彼を」
まさか。
この美術教師が、彼を描いているなんて思いもよらなかった。
彼の世界が見えているなんて。
そんな馬鹿なこと。
こんな男に、どうして彼の世界を覗くことが出来たっていうんだ。
だけど、たしかにスケッチブックには
世界が存在していた。
だから燃やしたんだ。
気が付いてはいけない。
僕だけが見ていた世界を、こんな風に記録してはだめ。
どうして
そんなことが出来るんだよ。
「どうしてだって?それはこっちの疑問だ。」
「なに、」
「どうして彼を描いてはいけないんだ?」
教師は疑問を投げかけると、また顔を背けて煙を吐いた。
僕は確かにこの教師を見ている筈なのに。
思考が何処か宙に浮いている所為で、視線はおろか立っている感覚さえなくなり
そうだ。
「べつに、いけないなんて言ってません。」
「それなのに、燃やした?」
「・・・だから、」
「言った筈だ、お前の本心が聞きたいんだ。」
「先生は、」
なんにもわかってない。
美術室 3